B級ホビー The ペット編  犬飼次郎

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 インデックス        「わたしのオタク風B級ホビー」のページにもどる

第1回  「犬が欲しい!」    第24号掲載
第2回  「ジジ、ババ、嫁、犬」 第25号掲載
第3回  「注文の多いペットショップ」 第27号掲載
第4回  「来た ビビッた ウンコした」 第28号掲載
第5回  「ゴットファーザー」  第29号掲載
第6回  「こだわりオヤジの犬飼指南」 第30号掲載
第7回  「犬の血筋は人間の血筋よりこぉーいーのだ」 第31号掲載
第8回  「躾の神髄」 第32号掲載
第9回  「ウンベルト・D」 第33号掲載
最終回  「愛犬と泊まれる宿」 第34回掲載


オヤジのB級ホビー宣言

THE ペット編     犬飼次郎

「犬が欲しい」

「犬が欲しい」―――ふとそんな気になったのは、テレビで「世界の名犬シリーズ」という番組を見ていたときです。確かその時はロシアの名犬「ボルゾイ」の特集をやっていました。この犬はロシア帝政時代の貴族のみが広い敷地で飼えた狼狩りの犬という紹介がなされていました。今でもロシアで「ボルゾイ」が飼えるというのは、高い社会的ステイタスを示すものとなっているようで、この犬を持つことの喜びと誇りが語られていました。このとき私は「ガーン」とカルチャーショックを受けたことを覚えています。

 私の犬のイメージは、外で鎖につながれている番犬か、「ラッシー」のような何か芸ができるようなものでしかなかったのです。

 しかし、この番組を見ていて犬を飼うことが、ひとつの人生における「ライフスタイル」それもまあ、どちらかというとリッチで趣味性の高いものであることがわかったのです。

 それで「いいなあ、お品のいい犬を買って優雅なペットライフを送りたい」そんな思いに至ったのです。それに私は40台の厄年を迎え、少し気分が鬱状態に陥ってもいました。子供にも手がかからなくなってきていて何か心に「ポカン」と穴があいたような気持ちになっていたのです。

 早速妻にその思いを伝え意見を聞くことにしました。妻は「犬ねー、私は子供の頃から犬も猫も飼っていたから、嫌いじゃあないけれども、けっこう大変なのよ」と色よい返事をしません。確かに、いざ飼うということになれば、専業主婦である妻の、犬の世話という仕事は負担になります。結局一番長く犬と接しているのは妻ということになるのですから、難色を示すのもわかります。私は「そうだなあ、結局君の賛成と協力がなければいぬを飼うことは無理だよねー」と力なげにつぶやくしかなかったのです。

 しかし妻は今私が厄年の鬱状態にあることを察してか、絶対反対とは言い切ることはなかったのです。私はそこに一途の望みをつなげ妻の説得作戦を実行することにしました。

 まずは犬を見るということから始めました。どんな犬が飼えるのだろうかという大問題もあります。私は休日に家族を引き連れ岡崎の「ワンワン動物園」に行くことにしたのです。ここでは子犬や大型犬に実際に触れることができ、また犬芸などもやっていました。この作戦は大成功でした。まず、子供たちが一気に犬を飼う側に立ったからです。「子犬ってカワイー、ぬいぐるみみたい」といって子犬を抱いて離しません。妻の反応といえば、「ほろほら、もう交代の時間よ、しっかり消毒液で手を洗って出てきなさい。」「それにしても人が多いわねー、そもそも入場料が1400円というのは高すぎるわ」といったものです。「それになんか臭いわねー、こう何というか、糞尿の臭いと体臭を無理やり消臭スプレーで消しているって感じ」「家で犬を飼うとこんな臭いが部屋に染付くのよねー」―――ウームまだまだ妻をその気にさせるには時間がかかりそうです。

 妻の賛成はまだまだ得られそうにありませんが、とにかく家族で出かけるごとに必ずペットショップによることにしたのです。

 それにどういう犬を飼うかということで、犬の本を買い集めるようになりました。まあカタログ集めみたいなものでしょうか。しかし犬の本を読めば読むほどこのペットの世界の、濃さというか、深さにあらためて驚かされることしきりでした。この世界はオーデオとかパソコンとかとは違った「オタクっぽい」世界があるようです。

本のなかには家庭環境やライフスタイルによって最もよい犬種を提案する本もたくさんあります。私の家は一戸建てでまあけっこう広い庭もある2世代同居世帯です。家族の中に徹底的な犬嫌いや、犬アレルギーといったマイナスの要素はありません。私はこれらの本から、性格がやさしく、しつけやすい、中型の洋犬をいくつか候補に上げました。

 キャバリア、ダックスフント、ゴールデンレトリーバーのメスなどが候補としてあがりました。私はこれらの犬の写真が乗っている本を妻に見せ、意見を聞くことにしたのです。「あのねー、キャバリアというのはねー正式名称が「キャバリア、キング、チャールズ、スパニエルズ」と言ってね、英国皇室ご用達の世界一長い名前の高貴な犬なんだよ。それから、ダックスフントはロングとスムースがあって毛の長さで種わけされる人気犬だ。ゴールデンは今人気の犬で物を投げると持ってくる性質があってフリスビー犬にもなる心優しい犬だよ。」と説明して「どれがいいかなー」と尋ねました。妻は「あのねー、もう買うと決まったわけじゃないのよ。そこの所間違えないでね」としっかり前置きされた上で「なんたらキャバレーて、なーにこれ。すごい出目金犬じゃない。それにこの短足胴長の犬、スタイル悪いわ。このゴールデンっていやにでかいじゃない。いくら性質がやさしいといっても手に余るわ。きっと大食らいよ。大食らいはお父さんとおじいちゃんだけでけっこうよ。」「私はねどちらかというと洋犬よりも桃太郎さんに出てくるような耳のピーンと立った日本犬がいいわ」と言われてしまいました。ウームこれは妻を説得するのはとても難航しそうです。しかし、その後ある出来事が起こってから急転直下犬を飼うゴウサインが妻から下りたのです。それは嫁姑の問題からから発したものでした。

オヤジのB級ホビー宣言

THE ペット編     犬飼次郎

ジジ、ババ、嫁、犬

 妻は、なかなか犬を飼うことに同意してくれません。結局、犬の面倒を見るのは家にいる妻になるのですから、仕方のないことでしょう。しかし私は犬が欲しい。その気持ちはますます募るばかりです。今や、空前のペットブームのようで、テレビなどでもよく「犬の飼いかた」とか「動物病院24時」なんていうのが放映されています。

何とかならんものか? そこで私は妻の日ごろの不満は何であるか、その不満が犬を飼うことで解消されるということはないか?を考えてみました。

ありました。それは同居世帯にあるあたりまえの問題。「嫁、舅、姑問題」です。考えて見れば、専業主婦である妻はじいさんばあさん(以降「ジジババ」と略す)と一日一緒にいるわけです。不満がないわけがはありません。食後のコーヒータイムのとき私は毎日のように妻のジジババに関する愚痴や不満を聞かされます。私としては一応「君が正しい。まあそこの所は按配よくやってくれ」と当り障りのない対応でかわしてきたわけです。しかし同居も3年目に至ると、妻のストレスも限界に至ってかなりやばい状態にまで進行してきました。

妻のジジババに対するストレスの概要はだいたい次のような形で要約されます。

1、ジジババはよくけんかする。そしてその愚痴の聞き役に妻はなる。どちらに味方するわけにもいかない?ストレス

2、ジジババは身体のどこかにがたがきていて「あそこが痛いここが痛い」と妻に訴える→ストレス

3、ジジババは、親戚や小姑に対して孫は自慢するが、嫁の評価には辛い。→ストレス

4、ジジババは昔の自慢話を何十回も繰り返して長々と喋るその聞き役の嫁→ストレス

5、ジジババは物忘れが激しい。しかし、自分の都合のよいことだけは覚えている。「あれ、おばあちゃんあの時お風呂は遅いほうがいいといわれたじゃないだから・・・」→ストレス

6、生活費のやりとり。我が家でも一応お互いに生活費を出し合っている。そしてその経理は妻が一括して行っている。ところが小姑、親戚筋がこの生活費の額に対して茶々を入れることがある。「そりゃーおじいちゃん出しすぎよ。もっと嫁さんが節約すれば、少なくてすむはずよ」こうしたことは、それとはなしに妻も感じ取るのである。いわゆる、「小姑根性よいとこ取り」現象である。「そんならあんたが同居したら」→ギガバイト級ストレス

などなど、まあ挙げればこの手の不満はきりがありません。とにかく専業主婦が一日老夫婦とひとつ屋根の下にいるというのは大変なストレスなのです。私はここに犬を飼うことに関する妻の同意を得るチャンスを見て取りました。

早速実行だ。またいつものごとく食後のコーヒータイムのときに妻がジジババ不満を愚痴り始めました。「フムフム、そりゃたいへんだねー。せっかく無添加無農薬の本場韓国産キムチを買ってきたのに、日本製キムチはまろやかな味付けで、日本人の味覚にあわせてある」なんていわれちゃ「高い無添加無農薬のキムチを買うのは無駄使いといっているようなものだ。」「そうよそのくせその高いキムチをバクバク食べているのは、おじいちゃんとあなただけよ」「私は年寄りの塩分のとりすぎは良くないと思うけど、おじいちゃんの大好物はキムチだからそれなら少しでも安全な無添加無農薬のおいしいキムチを買ったのよ。それなのに!」私はこの時はいつものように「大変だねー、まあ按配よくやってくれ」とは聞き流さず、「なかなかこうしたすれ違い、ボタンの賭け違いってなくならないねー。どうしたものかねー?そうか!結局一日家のなかで顔を突き合わせているからこうなっちゃうんだぁ」「どうだいなるべく外に出るようにしたらいんじゃない。」「でもねーあまり頻繁に外に出るというのもねー、いかにも避けているって感じでそういうわけにもいかないのよー」

「どうだろー、そのー、犬を飼うというのは。犬を飼えば、一日2回ぐらいは散歩に連れて出なきゃいけないし、いい犬を飼うなら、しつけ教室に3ヶ月ぐらい通ったほうがいいって本に書いてあったぞ」

「犬を飼うねー、そういう手もあるかぁー」と妻は少し乗り気になってきました。私はすかさず「それにねー犬の中にもセラピー犬というのがいて、ほらよく老人ホームなんかに連れて行って年寄りの心を和ませることが出来るなんていうのがニュースでやっているじゃないか。」

「そういうのにむく犬というのがいてねゴールデンレトレーバーなんかぴったりだというぜ」「ああ、あのでかい犬ね」「でかいって言うけどメスなら中型犬の範疇に入るしそうなると餌代も大きいオス犬よりは安くてすむよ。嫁姑の問題というのは家庭環境を変えるのが解決の糸口になるってどっかに書いてあった。ゴールデンなら君の気持ちを和ませてくれるじゃないか」

「でもじいさんばあさんはなんていうかしら?」「じゃあ、早速聞いてみよう」この時点で私はもう犬を飼うということの妻のゴーサインが出たと確信したのです。というのも妻はかなりの「天邪鬼」の性格が強いということがわかっていたし、ジジババの反応も読めていたからです。

早速食事の席でこの話題が私から提案されました。案の定、ジジババは、息子のわがまま、嫁の苦労、経済的理由などをのべて、妻に向け「この子はねー、欲しいと思うと必ず人の意見も聞かず手に入れようとするのよ、あなたも大変になるのだから飼わないほうがいいわよね」と答えました。ところが、こうした言い方というのは妻の天邪鬼根性をさらにかき立てるという事をジジババは読みきっていなかったのです。妻は心の中で、「“この子はねー”って確かに自分の息子ではあるけれども、私の亭主でもあるのよ、未だ子離れしていないわ」と思いつつ「私は犬を飼うことは苦にならないわ」とさらりと言い放ってしまったのです。そしてついに犬を飼うことにゴーサインが出たのです。しかも妻の好きな桃太郎さんに出てくる日本犬ではなく、チャキチャキの洋犬「ゴールデンレトリーバー」のメスに犬種も決まったのです。 

注文の多い店  B級ホビー ペット編

 妻の「天邪鬼根性」につけこみ、まんまとゴールデンレトリーバーを飼うことの同意を取り付けた私は、早速ペットショップサーフィン(巡回)を開始しました。行楽やショッピングなどで外出するときは必ず2〜3件のペットショップを回りゴールデンを見て回ったのです。

 ところでゴールデンは、この時期爆発的な人気が一段落して、こなれた値段になっていました。いろいろ本を読むと、ペットの相場というのはその犬種の人気によって2〜3倍違ってくることがあるようです。ゴールデンは一時期2〜30万していたようで、それが今では10万前後に落ち着いてきているようです。私は妻との協議の結果、予算を10万と決めその条件に合うメスのゴールデンを探しました。ところがなかなかこれはという子犬にめぐり会うことが出来ませんでした。

 ペットの本などで、良い店で買うようにといった情報を仕入れていたため逆にこうした知識が迷いや混乱を引き起こすことになってしまったわけです。

たとえば子犬と成犬ではまったく体形や顔つき、毛並みや色,性格が違ってくるようで、その見極めが難しいのです。「子犬を産んだ親を見せてくれる所で飼いましょう」とガイドには書かれている訳ですがなかなかそのような店にはめぐり会えません。店を回れば回るほど迷いは広がるばかりという袋小路に陥ってしまいました。

妻はそれをよいことに「いったん飼えば10年以上は付き合うことになるのだから、慎重にね」と釘をさします。私は思いました「ウーム、こりゃやばい。どっかで妥協せねばいつまでたってもゴールデンは飼えんぞ」「もう今週の土日で決めてしまおう」と決心してより良いペットショップを雑誌などで探しました。そして電話をかけまくりこちらの条件に合う店を探しました。ところが良い店というのはやはり人気があって、もう母犬のお腹にいる段階から予約が入っているのです。これには驚きました。私はいささか焦って、「こうなりゃ電話帳で片っ端からかけてやれ作戦」で電話帳を引っ張り出しました。ところがこの電話帳というやつ、我が家ではなんと7年も前のものしかなかったのです。それでかけてみると、すでに廃店になっている所も多くさほど頼りになりません。

しかしここで妻が違った角度からの考えを述べたのです。「7年も前の電話帳で連絡の取れる店というのは、それだけ潰れずにやっているわけだからけっこう良い店かもね」「なるほど、そうだな」と私は気を取り直して家に近い所から順番にかけていきました。そうすると、12〜13件目ぐらいのところでヒットしたのです。「はい、・・ショップです。・・お客さんのご希望に添える元気でかわいいゴールデンがいますよ」との答えです。私は早速妻子を連れその店に行きました。ところがその店がなかなかの店でありまして、つまりとてもこだわりの店だったのです。

まず店に入るとあまり犬がいません。3〜4頭はいるのですが、すべて「ポメラニアン」という犬種だけなのです。そして壁にはこの店のオヤジの娘と思しき写真とポメラニアン、それにドッグショーの賞状がずらりと並んでいるのです。「こりゃなかなか敷居の高い店にはいちゃたなぁ」と思った時にはときすでに遅く、店のオヤジのペースで話がぽんぽん進んでいったのです。

「お客さん確かゴールデンが欲しいとの事でしたね。ところでお家の方は一戸建てですか?」「はぁ一応」「お庭のほうはどのくらいの広さですか?」「いやね、ゴールデンは出来れば広い庭のあるところで飼われた方が良いのですよ。一時期マンションでも飼える大型犬ということで人気があったのですが、やはり大型の洋犬ですからね。マンションなどで飼われている皆さん結局、たいへん苦労されているのですよ。」「ゴールデンは確かに賢くて、穏やかな性格の犬ですが、それは成犬になるまでにしっかりしつけの入ったものにいえることなのです。あれは賢い分、子犬の頃はとてもやんちゃで部屋中がけっこう荒らされてしまうのですよ。その覚悟があればよいのですが」そのあとどういう風に犬を飼うべきかといったもろもろの講釈が続き私の犬に対する考え方に探りを入れてくるのです。とてもこだわりのオヤジでした。そしてどうやらその親父の目にかなったようで、「ではゴールデンを紹介しましょう」と言った後電話をかけ始めました。どうやらゴールデンはこの店にはいないようで、電話を切った後「お客さん今日は桑名に行ってもらいますがお時間ありますか?」と聞かれたのです。「く、桑名。どえらい遠いなあ」と言うと、「ゴールデンの良いブリーダー(繁殖業者)がそこにいますのでそこでよく子犬を見て決めてください。」とのこと。結局その日桑名に行くことになったのです。なんとまあ注文の多い店でしょうか。そしてその後も私たちはこのオヤジの犬に対するこだわりに付き合うことになるのです。

 

来た、ビビッた、うんこした B級オヤジ

 こだわりオヤジの勧めるままに私たちファミリーは、ゴールデンを求め桑名まで行きました。指定された店は、中規模のきれいなペットショップで結構客も多く人気があるようです。店にはいると、ダンボールの中にシェトランドシープドッグと何やら色の濃いガリガリの犬がいました。私はどうもあれがお目当てのゴールデンではないかと思ったのですが、妻は、あれはゴールデンではないと言い切ります。確かに、今まで見てきたゴールデンとは色も顔つきも体型も違います。それにもこもこした子犬をイメージしていたのですがその犬はかなり大きくなっていました。

 そうこうしていると、店長がやってきて「○○さんからご紹介いただいた犬飼さんですね。お待ちしておりました。」と声をかけられました。そして、「この子がお求めのゴールデンですよ」とそのがりがり犬を差し

示したのです。私たち一同はまじまじとその犬を見つめました。まず色が濃いのです。ゴールデンは薄い色に人気があるようで、この色は始めてみました。そう言えばあのこだわりのオヤジに犬の毛色を訪ねたところ「まあ、金の延べ棒をイメージしていただければよい」と言っていました。確かに、胸のあたりはゴールドに見えなくもありませんが、尻のあたりは、ブラウンかむしろ赤く見えます。それに毛も短くフケが浮き出ているじゃありませんか。顔つきも正面から見るとひょうきんですし、横から見るとコリーのように鼻が長くて,ずんぐりとしたあのゴールデン特有の顔つきではありません。しかし横顔は見ようによっては少し品よく見えます。

 「濃いねーこれ」というと、「まあ色は好みですから。それにこの子は3ヶ月経っていますから、犬で言うと一番醜く見えるときなのです。しかし、3ヶ月の間母犬や兄弟と一緒にいましたから、性格もよくてしつけも入れやすいですよ。抵抗力も付いていますので病気で苦労することもありません。」とのこと。しかし、私たち一同はこの色の濃いがりがりフケゴールデンに二の足を踏んでしまいました。

 「うーん」と考え込んでいますと、もう一組の客がやって来ました。この夫婦連れのオヤジの方はパンチパーマで革ジャンを着込んでおり、そのジャンパーの胸の中にシズーの子犬を入れちゃったりして、とてもうれしそうです。そのうち、その奥さんの方がわたしの妻に話しかけてきました。「この人はねー、こうして犬を抱いちゃうと欲しくなるのよね。これで3匹目だわ。困っちゃうわ。」すると妻も「この人もね、欲しいと思うと後先なく絶対買っちゃうんだから困りものよ」と亭主悪口大会へと盛り上がっていきました。ところがそのパンチパーマ革ジャンオヤジはお構いなく、シーズーを胸に入れたまま購入手続きをさっさと始めていました。

 躊躇しているわたしを見て妻は、いつものように「あなた決めてちょうだい、あなたが欲しいと言い出したのですからね。」私は優柔不断の性格なので妻にこう切り出されるとたいてい「そうだなぁ、もう少し考えて決めるか」と言っちゃうのです。妻も、それを見越して詰め寄ってきたのです。

ところが今日の私は違っていました。買うと決心したのです。今になって思えば、桑名まで来て収穫ゼロでは、とか。あのパンチパーマ革ジャンオヤジに刺激されたのか、それとも犬の横顔の上品さとシルクのような毛の感触が気に入ったのかはっきりしません。

 どちらにせよついにこのゴールデンが我が家の一員とあいなりました。ついでにこの犬のためにケージやデオシート、おもちゃなどのワンちゃんグッズを一通り揃えて、家路についたのです。そしてリビングで、ジジババにお披露目しました。するとこのやせの色黒フケゴールデンは出てくるなりブルブルと震え始めたのです。「あらあら寒がっているのね、早く餌をやって寝かせたら」と妻の意見。「そうだな」と言うことで、ペットショップで分けてもらったペットフードを与えたところ、餌だけはガツガツと食べ始めました。そして食べ終えると何やら落ち着きがなくなり、そこいら中をかぎ回ります。そしてばあさんが苦労して編み上げたショールの上でやおら、しっぽを上げ、後ろ足をかがめてうんこ体勢に入ったのです。「あー、うんこしてる」と娘が言ったときには時すでに遅く、ショールの上には3発のうんこが乗っかっていました。そしてその後こちらの方をすまさそうにのぞき込んでいます。確か、下のしつけは終わっていると店長は言っていたのですが。

 我が家のゴールデンは、来て、ビビッて、うんこをしたのでした。

 子犬だからしかたありません。まあ気を取り直してこの犬の名前でも考えることにしましょう。ところでこの色濃いガリガリうんこちびりフケゴールデンは,うんこをして気持ちよくなったのか、すやすやと寝てしまいました。

ゴッドファーザー

 ついに我が家にゴールデンがやってきました。そしてこの犬が最初にやったことは、ばあさんの手編みショールの上にうんこを3発したことでした。そうなんですよね。ペットを飼うと言うことは、まずは糞尿の世話から始まるのですよね。横顔に品があるとか、毛質がシルクのようだとか、そんなこと以前の問題として、まずは下の世話から始まるのですよね。

 ところで、まだこの犬には、名前が付けてありません。ペットを飼うときの楽しみとして、家族で名前をあれこれ考えるということがあります。さて、名付け親は誰になるのか。つまりゴッドファーザーには誰がなれるのか。フアミリーみんなが、名付け親になるべくいろいろな名前を出しあいました。しかし実は私は、犬を飼うと決めたときから、雌犬にすることを、すでに決めていました。性格が優しいとか、足をあげてそこら中にしっこをかけるマーキングをしないとか、雄より小さくて餌代が安くなるとか、いろいろ妻には言っておいたのですが本当は別の理由があったのです。それは、往年の映画大女優の名前か、その女優が演じた役の名前を付けたかったのです。そして毎日あこがれの女優名か役名を言いながら、毛をといたり、そばに侍らせたりするのです。ですから私の名前の提案は、有名女優のものばかりです。

 古くは、グレタガルボのグレタ。モナコ王妃になっちゃったグレースケリー。「レベッカ」のジョーンフォンテーン。「天井桟敷の人々」のマリアカザレス。「太陽がいっぱい」のマリーラフォレ。「道」のジュリエッタマシーナ演じるジェルソミーナ。アンジェワイダ監督3部作にでてくる「灰とダイヤモンド」のエバクリスチナ、同じく「世代」のウルスラモジンスカ演ずるドロタ。うーんどれもこれも横に侍らすには申し分ない名前です。

 しかし真打ちはやはりあのお二方でしょう。

マレーネデートリッヒ。特に、「間蝶X27」で銃殺される前に兵隊の差し出すサーベルを鏡代わりに化粧直しをし、目かくしのハンカチを差し出した若い兵隊の涙を拭ってつきかえすあのかっこよさ。たまりません。もちろんデートリッヒではあまりに重すぎるので、「リリーマリレーン」あたりか。

 それとも「望郷」でジャンギャバン演ずるペペルモコに「おまえはパリのメトロの香りがする」と言わしめたミレーユバラン。その時の役名は「ギャビイ」。最後のシーンで格子越しにペペルモコは「ギャビー!」と叫ぶが、パリに向かうギャビーの乗った船の汽笛にかき消されてしまう。あのシーンも忘れられません。しかし、むしろパリに望郷の念を抱く「カスバ」の親分ペペルモコの前に現れたパリの女「ギャビー」の顔アップ。ぼかしのかかった目、耳、唇、髪の毛のセピアタッチ。全てがパリそのものなのです。たまりません。

 私は「ギャビー」に決めました。ところで妻子の考える名前は「花子」とか「まるみ」とか、その辺の花の名前を言ってきます。とてもやっとれません。私は冗談で「クレオパトラ」はどうだとか、「ネフェルティティ」(古代エジプトのアクナトンの王妃。「来たりし美女」の意味)もいいぞなどと言ってやりました。

そして私は家族のみんなに対して高らかに「ギャビー」という名に決定すべく宣言したのです。何で「ギャビー」なの?と妻子は聞いてきます。「ふん、セピアカラーの古い時代の伝説化された女優とか、その歴史的シーンなんぞ知る由もあるまい。」それに、毛をといたり、横に侍らせてなでたりする犬の名前が私のあこがれの女優であったとなれば、妻にも「悪趣味―」などといわれて却下されてしまうかもしれません。「いやなに、お父さん映画好きだから、その映画の中で出てきた名前が浮かんだのさ」とさらりとかわし、強行にこの名前を決定したのでした。

 「ぬふふふふ」今日からオレは毎日あこがれの女優の役名を言いながら犬をかわいがることができるのだ。犬のうんこの3つや4つがなんだ。ミレーユバラン=「ギャビー」のうんこなら素手でもさわれるぞ。と思っちゃったりしてちょっとばかし危ないムードはありますが、妻子は名付けの本当の理由を知る由もありません。

 ところがこの「ギャビー」。その名前とは裏腹にそれ以後いろんなことをやってくれました。そこには、ミレーユバランの艶もなければ、「パリのメトロの香り」もありません。毎日が「こまったさん」の連続で、横に侍らせなでるといった優雅さは微塵も感じられなかったのです。

(写真)「望郷」ミレーユバランの顔アップ

 

 こだわりオヤジの犬飼い指南

 我が愛犬ギャビー(濃い色のゴールデン)はまだ、散歩が出来ません。例のこだわりオヤジからの厳命で、予防接種の抵抗力がつくまでは外出禁止なのです。それに検便もして寄生虫の有無も確認するよう促されました。

しかしこのオヤジのこだわりは年季が入っております。彼によれば犬はいったん飼い始めれば10年以上のつきあいになるのだから、買主にはそれなりの心構えが必要とのこと。たとえば、常に寄り添いともに生活をするのだから、小さな子娘が次第に成長してより優雅で品のあるレディーへと成長させるべく細心の注意を払うべきだというのです。

以後、私はこのこだわりオヤジの犬飼い指南を受けるため、ギャビーを連れ何度も店に行くことになりました。まずは犬の洗い方や今後の育て方、しつけ方のイロハを伝授されました。その中でも特に、「臭腺」なるものの絞り方を見せてもらいましたが、これには驚きました。

犬の体臭というのは、この臭腺と耳垢がその発生源なのだそうです。この臭腺は、本来その犬の固有の臭いであり、犬同士の識別信号となるのです。また、うんこをするときなどにはこれが分泌されてすべりをよくする働きを持つとのこと。

しかし家で飼っているとこの臭腺はあまり分泌されることがなく、肛門の近くにある袋に溜まり、ときにそこが炎症する事もあるそうです。したがって、1ヶ月に1〜2回シャンプーするときにはこの臭腺を絞ってやらなければなりません。そこで教られたとおりに、絞ってみると茶色のとんでもなく臭い液体が搾り出されてきました。またゴールデンはたれ耳のため毎日耳垢を掃除すること。歯磨きも毎日することなど言われました。まったくこれじゃ人間並みです。イやむしろ人間の子育てよりも手間がかかります。

それから庭に放し飼いにするときは、土の中にさまざまな雑菌や猫の蚤や寄生虫がいるので定期的に消毒するために「ヨード消毒液(業務用)」を購入させられました。その折にオヤジいわく「本当は犬がいる地面はコンクリートを張り詰めるのがよい。そうすれば、雑菌や蚤などにおかされることはない。糞尿などの処理も楽で清潔である。」「ところで、犬の散歩でよく糞をさせる買主がいるがあれはいかん。たとえ糞とり袋で持ち帰ってもいかん。糞をすれば必ずした場所に残る。これが公園の敷地内などならなおさらだ。子供が土遊びなどしたおりに手につくことがある。これは許しがたいマナー違反である。いいですか、糞尿は必ず自宅の敷地内でするようしっかりしつけて下さい。」と言われました。

ところで室内で飼っている時の糞尿は部屋の決められた場所でさせるよう、本には書いてありました。どうもうちのギャビーはこれがうまくいきません。4回に一回ぐらい、まったく違う所にやってしまうのです。それでは、ということで大きなケージの中にその場所を作り、したくなったらそこにやりに行くようにしたのですがこれがおお外れ。ケージに犬を入れお出かけしたときに大変なことになっていました。つまり中で糞をした後、動き回って足やケージに糞がへばりついてしまったのです。「四面楚歌」ならぬ「四面糞香」の状態です。「ギャビーのうんこなら手でも触れるぞ」の勢いもどこへやら。本当に糞まみれでふき取る羽目になったのです。

そこで今度は食事後など、排便するタイミングをつかんで外でさせるというやり方に変えてみました。まあ何とかうまくいくのですが子犬は日に何度もうんこをします。毎日が糞尿との戦いです。

それに悪さもなかなかのもので、妻が嫁入り道具で持ってきたソファーの中身が全部むしり取られて見るも無残な状態に。(妻に、「まあ高級バッグのひとつも買ってくれなきゃね」と釘を刺されました)。また、うっかり子供のおもちゃなど置いておくとばらばらになったりなくなったりします。「どこへいったのかなー」などと思っていると。うんこの中から出てきたり、「げろ」の中から出てきたりするのです。

ところで懸念していたギャビーの「ふけ」はいっこうに治りません。この点を例のオヤジに聞いたところ「そりゃーご主人、餌がいかんよ。餌をよいものにしなさい」とのこと。それでオヤジがすすめた餌というのが「ロイヤルカナン」という無添加無農薬の犬用自然食品。しかも、なんと通常の倍の値段もする「おフランス製」なのです。

「うーむ、おまえはパリのカナンの香りがする」とつぶやきつつ私はブラシでギャビーのふけをとってやりました。

犬の血筋は人間の血筋よりこぉーいぃーのだ

 我が愛犬ギャビー(ゴールデン)のふけは餌を変えたことでうそのようになくなってしまいました。さすが、おフランス製のえさはすごい。食いつきも良く、便も快調です。心なしか毛並みにも光沢が出てきました。

例のオヤジが勧めた「ロイヤルカナン」はショードッグなどを育て出展する人たちの間では、有名な餌のようです。まずその値段がずば抜けて高い、しかも安売りを絶対しない。だから、普通のスーパーなどでは置いてありません。また、けっこう大きなペットショップでも、あまりお目にかかることがありません。しかし、犬の雑誌などを見ていると、「あのロイヤルカナンを宅配いたします・・・」などと特別扱いで載せています。この餌は手に入りづらいため結局、犬を購入したあのオヤジの店で手に入れるしかないのです。

ところで、ギャビーもすくすくと育ち、いくつかの予防接種も打ち終えて、やっと散歩が出来るようになりました。初めての散歩は家族みんなで行くこととなり、近場を回ったのですが、いっぺんに近所の人の注目を浴びることになりました。「まあかわいいワンちゃん。この子はゴールデンですよね?」といわれること数回。色が濃いため、ゴールデンよりもアイリッシュセッターとかフラットコーテッドレトリーバーに見えちゃうようです。まあゴールデンの血統書は一応あるわけですから気にせずに行きましょう。

ところでこの血統書、2ヶ月ぐらいして届いたわけですがよくよく見るとけっこう、ご立派な血筋なのです。ギャビーのおばあちゃんにあたる犬は、アメリカのチャンピョン犬になっていたようです。それにゴールデンにはイギリス系とアメリカ系があるようで、アメリカ系には色の濃いゴールデンがいるようです。日本などでは「白系」が好まれるようで、イギリス系に人気があるのです。 我がギャビーは少数派になるわけで、購入時点でその血筋の割には安かったのが、今にしてわかりました。つまりアメリカ系の濃い犬でしかも「もこもこ子犬」の時期を過ぎていたので安くなった、というわけです。もちろん家庭犬のグレードに入るわけですからもっと他にも安くなる要素はあったようです。

「あんた、やっぱり血統書の割に安かったのは、どっか中途ハンパだったわけよね」とは妻の言。

犬を飼い始めるとわかるのですが、散歩など連れて出ると、必ず犬好きの人や犬の散歩途中の人と出会うわけで、そこで犬談義が始まるのです。そうなると人間の子供と同じで暗黙のうちに比較や優劣が競い合われるのです。

 そういえば餌を買いにいった時、あのオヤジが他の客に言っていました。「お客さん、もう少しお金を出してこちらを買ったほうがいいよ。絶対後悔しないから、高いなりにお客さんを満足させるものも多いから」「いいの、いいのそんな高いのいらないわ。この値段の犬でいいわ。私にはこのぐらいがちょうどいいのよ」「うーむ、その、わからないかなー、育てていくとね。やっぱり血筋の良いこの犬のほうが育て甲斐があるということなんだよね。成犬になったときにね、自慢できるんだなぁ」「私は犬を自慢するために飼うわけではありません・・・」

私はこの会話を聞いていてオヤジの考えに一理あると思いました。犬を苦労して育てていくとやはり他の犬との比較が頭の中で起こってしまうのです。例えば、同じゴールデンと会うとワンちゃん社交辞令として、お互いに相手の犬を褒めちぎります。もちろん、ついでに自分の犬の自慢もします。別れてからは「毛並みではうちの犬が勝った」などとドッグショーのミニ品評会を頭の中でやってしまうのです。

それに犬を飼うとその行動に細かく目が行くようになります。そうすると今まで見えてこなかった、犬の振る舞いや動きの優雅さとか、顔つきや表情、毛並み、色、歩くときの姿勢、おすわりや伏せ姿勢の品の良さなど、犬の全ての行動が見えてきます。ということは、他の犬に対してもそういう目で見てしまい、自分の犬と比較するわけです。犬が身近であればあるほどこの観察眼は鋭くなります。

例えば雑種を飼っているひとはまず例外なく「うちの犬は雑種ですから・・・」となぜかひけ目を感じさせるような言い方をします。もちろん雑種であってもかわいいのでしょうが他の犬との比較ということになると違う感情が働くようです。

あのオヤジいわく「犬の血筋は人間の血筋よりも、こぉーいぃー(濃い)からね」としみじみ言っている意味が今になってわかったのです。

 躾の真髄

 我が愛犬ギャビー(ゴールデン)もついに躾を入れる時期がやってまいりました。ゴールデンは、中〜大型犬に属するのできちんと躾をしておかないと大変なことになるのです。例のこだわりオヤジにも「躾は必ず入れるように」と言われました。

 この躾は、例えばプロの躾教室に1ヶ月ぐらい預ける、躾教室に飼い主も一緒に行って躾方を学ぶ、本などを参考に自分でやる、といった方法があります。躾の本は私もたくさん揃えましたがどうもうまくいきません。それで、預けてしまうというのも費用の面から厳しいので、躾教室に参加するやり方に決めました。そのことで、こだわりオヤジに相談したところ、「私の所でもやってますよ」とのこと。いろいろと躾教室を探すのもやっかいなので、このオヤジの所でやることにしました。

 費用は、週1回の10回で3万円とのこと。1回が3千円ということになります。これが高いか妥当か、相場がよくわからないのでなんともいえません。

 この躾役は妻がやることになりました。時間が昼であったことと、ジジババ同居世帯ということで、まあ、気晴らしに外出する口実にもなるので(ジジババ同居専業主婦の場合、こうした気晴らしはとても大事なことなのです)引き受けてくれました。

 そして最初の躾がはじまりました。以下は妻の報告です。「躾教室ということだから、店の大部屋かどこかの専用グランドでやるのかと思ったら違うのよ。やる場所は家の前の駐車場。それに他の犬もたくさんいるのかなと期待していたら、私ひとりと、こだわりオヤジの娘ひとりのマンツウマンなのよ。

そこで最初に言われた「躾の真髄その1」というのが、「アイコンタクト」。「どんな命令をする場合も必ず、犬の目と飼い主の目が「びしっ」と合ってなきゃいけないですって。それでこのガンつけの方法を教わったわ。まず、人差し指と親指で餌をつかむ。それを額のあたりに固定して、「ギャビー」と強めの口調で呼びかけるのよ。そうすると、犬が餌を見たときに同時に目も合うというわけ。

それで次に「おすわり」と言って座らせる。座らないときはお尻を押しておすわりをさせる。これを繰り返す。それでうまくいったら餌をやるのよ。娘さんが実際にやってくれたわ。そしたら、5回目ぐらいで座るようになっちゃったのよ。交代して私がやってみたら、ゆうことを聞いたり聞かなかったりまちまちだったわ。娘さんは、「この訓練を次回までに根気強くやって出来るようにしてください。ギャビーちゃんは覚えが早いですね。この子なら躾は入れやすいですよ。」といわれたわ。これで初回は終わり。その時間10分。「えつ これでおわりですか?」って聞くと、「はい、犬の集中力は10分ぐらいが限度です。それ以上やっても効果はありません。」ですって。私、頭の中で思わずそろばんはじいちゃったわ。だってそうでしょ、10分3千円ですからね。残りの9回もこんな感じかしらね。」

私も、「それで1回目は、終わりか?」と聞き返しました。結局、10回というのは、「おすわり」「ふせ」「まて」「つけ」の基本を身につける練習とそこで出てくる様々な問題にどう対処するかの方法を教えてもらう、というものだったのです。「ゴールデンは盲導犬にもなる」なんて聞いていたものですから、より高度な訓練やフリスビーをキャッチするなどの「芸」の練習もやってくれるのでは、と期待したのですが当てが外れました。しかし今になって思えば、この4つの基本は、躾の大事な出発点。また様々な「芸」を覚えるための「核」だったのです。よくテレビなどで、芸をする犬を見ていると必ずこの4基本をさせてから次のより高度な行動に移っているのがわかりました。

ところで、言うことを聞かないとか、悪さをしたときはどうやってしかるのか?躾の本によると、「なるべく早めに「いけない」などと言い聞かせるのがよい。体罰はいかん」と書いてあります。

この点をお姉さんに聞いたところ。「そうですね、まずは30秒以内に注意してください。それ以上時間がたってしまうと、どうしておこられているのか理解できませんから。それに、口で言ってなおらなければ、耳をぴゅーんと引っ張っても構いません。「きゅん、きゅん」鳴くぐらいやってください。要するに「なめられたら」終わりですから。「犬は犬、人間の下。この関係を叩き込まなければいけません。これが躾の真髄2です。」とのこと。ウーム、私の憧れの女優名を持つギャビーよ。優雅に横にはべらすためには、優雅さとはかけ離れた舞台裏のしごきが必要なのですね。ここはひとつ「体育会系」の乗りで気合を入れていかなければな。「オッス!」

ウンベルト・D

 犬を題材とした映画やテレビドラマといえば、「ラッシー」とか「リンティンティン」などの名犬の名が浮かんで来ますね。それにこれらの犬の活躍が引き金となって、コリーブームになったり、シェパードがもてはやされたりしました。近年ではシベリアンハスキーなども映像から人気が出た犬なのですが、あっという間にそのブームは過ぎ去ってしまいました。

 ところで、私にとって思い出に残るワンちゃん映画のベストワンはなんと言っても「ウンベルト・D」。このウンベルトとは年金生活を送るある老人の名前なのですが、この老人に、いつも寄り添うワンちゃんが忘れられません。

「犬好きには涙なくしては見られない」そんな映画とでもいえましょうか。この映画は大きな賞をとったわけでもなく、例えば、1962年キネマ旬報では、7位にランクされているのみです。しかし、監督が、「自転車泥棒」や「ひまわり」を撮ったヴィットリオ・デ・シーカとなれば、只者ではない映画であると言えましょう。

とりわけ、この作品は老人と犬の心のふれあいを繊細に、しかも笑いのペーソスを添え、かつ物悲しく描いてあり、私はいまだかつてこれを上回るワンちゃん映画にお目にかかったことがないのです。きっと、デ・シーカにこれをやられて、他の監督は、このスタイルの映画を避けているのではないかと勘ぐってしまうほどよく出来ているのです。

 ところで、この映画をご存知ない方のためにあらすじを述べますと、イタリアのまだ戦後の貧しさが残るある町で、年金生活を送る孤独な老人がいます。彼にとっての唯一の友は、「フライク」と言う名のワンちゃんです。

この老人は年金だけでは金が足りず、家賃滞納、食うにも困る生活を送っていたのですが、ついにたまりかねて、物乞いをすることにしたのです。ところがいざ、皿を持って町に立とうとしたのですが、プライドが許さず、物乞いが出来ません。そこで一計を投じ、フライクにちんちんをさせ皿をくわえさせて物乞いをさせ、自分は何食わぬ顔で傍らにいるという手を考えました。そのときのフライクのいたいけなしぐさが、笑いと悲しみを呼び起こすのです。結局はうまくいかず、まあそのあと大家からも嫌がらせをされたり、犬をどっかに捨てられたりして、それを探し回ったりとあらゆる場面でこのフライクは名演技を披露してくれました。

そして、圧巻は最後にやってきます。この老人は、このまま孤独と不安にさいなまされて、生きていくよりは「死」を選ぶことにしたのです。もちろんフライクを道連れにするわけにはいきません。かといって引き取ってくれる人もいません。仕方なく彼はフライクを追いやって、自分は踏み切りへ飛び込むことにしました。ところがいくら追いやっても、フライクは「くんくん」言いながらついてきます。老人は意を決し、フライクを抱いて線路に立ちました。ところが汽車が彼に迫ってきたときに、フライクは老人の腕の中で暴れ、逃げ出してしまったのです。結局、フライクがいなければ死ぬことも出来ず、いやむしろフライクによって、生きる選択を余儀なくされたといったほうがよいでしょうか。彼はすんでのところで、踏み切りから抜け出して、フライクを呼び寄せます。フライクははじめ怖がって寄り付きませんでしたが、老人が飛び込まないことを知ると、彼の手の中に戻ってきました。ここのシーン、ほんの数分なのですが、犬と老人との心のふれあいが見事なまでに描かれていました。

ところで先日、ギャビーを伴って散歩をしたのですが、仕事のことや何やらで気分はとてもブルー。そこで気晴らしにと、川沿いのコースを歩いたのですが、やはり疲れが出てきて、途中の土手のところで休むことにしました。それで座って「はぁー」などとため息をついていますと、ギャビーが横にそっとお座りをして心配そうに顔を寄せてきます。やはり犬も飼い主の気持ちをそれとはなく察しているのでしょうか。私は「ギャビーよおまえもフライクのようにいつも俺の傍らにいてくれよ」と思わず囁いてしまいました。ギャビーは「わかりました クン」とうなずいたように見えました。まあこれは「親ばか」ならぬ「犬飼ばか」なのでしょうか。

愛犬と泊まれる宿

 家族で旅に出ようというとき、さてわが愛犬ギャビー(ゴールデン)をどうするか?ということが問題になります。

 はじめのうちは、最寄のペットのアパートに預かってもらうことにしていました。ギャビーも1,2回は「他の犬と仲良くしていますよー」ということでうまくいっていたのですが、3回目ぐらいから、「どーも、他の犬とじゃれるのがいやなようで、ひとりでボーとしていますよ」といわれてしましました。それに、3回目の時には、迎えにきてくれたペットのアパートのクルマに乗せようとしたところ、嫌がって脱走してしまったのです。本当にそれこそ「ぴゅうー」とどこかに逃げ出してしまい往生しました。まあ、クルマをどけてもらって、待っていたらすぐに戻ってきましたが、ギャビーの顔がいかにもさびしそうでこの手はもう使えません。

 かといって、ジジババに見てもらうというのも、1泊まで。連拍は厳しいものがありました。つまり、ギャビーは常にわれわれと一緒。置いていかれるのがいやなようで夜など「くんくん」なき続け、明らかに元気と生気がなくなるとのこと。

 こういう話を聞くと、「そうか、そうか、そんなにいっしょがいいか、かわいいやつめ」ということになり、旅も一緒に連れて行くことになるわけです。

 私たちはよく家族でスキーに行きます。子供たちもかなり上達してきました。そこで、よいゲレンデで滑ろうと思うとやはり長野方面に行くことになります。早速犬も泊まれる宿をガイドブックなどで探すことになりました。ところがこのガイドを見ると、なかなか犬を泊めるための条件や躾が厳しくて敷居が高いのです。例えば、「トラベルマナーとしつけ」ということで「ワンちゃんとの旅に出る前にやっておきたいのが「すわれ」「まて」「こい」「いけない」などの基本的なしつけでこれが普段からきちんと出来ていないと一緒に旅行はいけない。また、飼い主はワンちゃんの行動をよく観察し、トイレのしぐさや水が飲みたい、寒いといったワンちゃんの意思表示をすぐに察知できること。」などと書かれています。いくら「愛犬と泊まれる宿」といっても、このような条件が必要ということになると、かなりクリアすべきハードルは高く意気消沈してしまいました。しかし、ここは気を取り直して、あまりうるさくなさそうな所を案内本で探してみました。

 そうすると2,3候補が出てきましたが、どの宿も「トイレのしつけ絶対必要」と書かれています。実はギャビーはこれが一番のネックでありまして、今でもたまに外へ出す時間が遅れるとおもらしをしてしまうのです。「こりゃだめかなー」とあきらめていたところ妻がかなり強気の発想で言うには「いろいろ厳しいことを条件に出しているけれど、所詮犬は犬。そりゃ粗相だってあるわよ。そういえば覚えてる?岡崎のワンワン動物園に行ったとき、演技をしていた犬が途中でおしっこをしていたわよ。あーゆー芸を見せる犬というのはかなり厳しいしつけが入っているはずなのに緊張するとおもらしだってしてしまうわけよ。まあ一度電話でもしてみて正直な所の話をしてみたら?。それに毎シーズン楽しみにしているスキーをあきらめるのは絶対いや!うっとうしい家事とかジジババの付き合いから開放されるこのスキーがあればこそ私も日々我慢できるのよ。」・・・なんかムードが非常にやばくなりました。私は早速電話をかけてみました。

 2,3電話をかけているうちにとても感じのよい応対をされる女将さんに出会うことが出来ました。「トイレのしつけは、厳しく書いてありますが、外にも出られるようになっていますからそう心配されることはありません。あまり他の犬とも仲良く出来ないようですが、ご予定の日は他の宿泊客はいませんので安心してください。実はうちの「すみれ」もゴールデンですよ。きっとギャビーちゃんとよい友達になれると思いますよ。」とのこと。女将さんのゆったりとしておおらかな口調から、その人柄がしのばれ、これはお願いしようということになりました。

 ところで家族スキーといえば、今までは、子供もまだ小さいということもあって、若い頃のように、がんがん滑っておまけにナイターもやり、ついでにショップめぐりまでやるといったことは出来ません。せいぜい、2〜3時間滑ってみあげ物を買うといったところでしょうか。それに旅行の最終日はスキーよりも近くの名所めぐりなどをするというパターンが出来上がっていてそれもだんだんマンネリ化していました。そこにギャビーが一緒になるということで、旅の趣も大きく変わってきたのです。

 さあ、ギャビーとともに行くスキー旅行の始まりです。より念入りに身体を洗い、ひげを切り、耳垢をぬぐい、赤いスカーフも用意してレッツゴー! もちろんクルマでの移動ですが、家族(4人+1匹)のクルマの中は大いに盛り上がっています。向かうは、長野オリンピックの会場にもなった白馬山系の岩岳。泊まる宿は、「プチホテル クラブハウス」。

このゲレンデは長野オリンピックの関係でインフラが整備され、名古屋方面からはおよそ4〜5時間あれば到着します。中央高速道路から長野自動車道へと乗り継ぎ、豊科で降りれば後は1時間30分の道のりです。高速道路では犬のトイレタイムとして、恵那と駒ケ岳のサービスエリアがお勧めです。

ギャビーと一緒のサービスエリアの休憩も結構楽しいものがあります。まず、他のドライブ客からの注目を浴びるのです。中には話し掛けてくる人もいます。娘たちはわれ先にギャビーのリードを取り合う始末です。それに近頃は犬連れのドライバーも多いのです。 

そしてあっという間に宿に到着しました。一面は白い雪景色。「いやーきてよかった」。車からギャビーを降ろすと娘たちとともに」雪でおおはしゃぎです。宿にいたゴールデンの「すみれちゃん」もすぐにやってきて、ギャビーと友達になりました。まずは一安心です。女将さんも出てきまして「まぁー、毛並みのいいゴールデンですこと、ギャビーちゃんでしたね」と心温まるお出迎え。想像していたとおりのすてきな女将さんでした。

この宿のつくりは玄関と食堂との間にガラス張りがしてあり、いつでもギャビーを見ることが出来ます。また、玄関とテラスとがつながっており、犬は好きなときに外に出られます。これならトイレは好きなときに外で出来ます。女将さんはとても気さくな方で、犬談義には時間を忘れて話し明かすことが出来ました。ここの女将さんは、犬の訓練師の心得もあるようで、すみれちゃんは、老人ホームなどに行って「セラピー犬」としても活躍しているとのこと。それにこの宿には、グリーンイグアナの「竹千代」もいてちょっと面白いのです。(今のは2代目で1代目は飼い猫に食べられてしまったとのこと)

女将さんは早速ギャビーの躾をやってくれました。餌をギャビーの手の上に載せ「待て」の訓練です。何度かやるうちにすぐにできるようになりました。その他様々な躾のことや犬の習性などを教えていただいてたいへん勉強になりました。それに食事も自家製栽培の自然食品しか出さないこだわりで、とてもおいしいのです。私たちはスキーもそこそこに、雪の白いじゅうたんの上でギャビーやすみれちゃんと大いにはしゃいでしまいました。

ギャビーと行く旅行がこんなに楽しいものとは、私たちはすばらしい旅行スタイルを体験できて大満足です。この旅以降、娘たちはギャビーとともに旅に行くことをとても楽しみにしています。

ギャビーは私たちに新しい形の生活スタイルを与えてくれました。犬を介した人との出会いもありました。旅も今までとは違うよりファンタジックなものにしてくれます。

確かに犬を飼うということはかなりの苦労と出費が伴います。しかしそれ以上に心を癒し和ませてくれるかけがえのない家族の一員ともなってくれるのです。今ではあれほど犬を飼うことに消極的であった妻が毎朝ギャビーにほほを摺り寄せてなにやら話し掛けています。耳を傾けると「なーんてかわいい子でしょう」と言っています。このせりふは確か子供たちがまだ、2〜3歳の頃連発していた言葉じゃありませんか。妻にとってギャビーはいつまでもあの頃のかわいい娘のイメージを持ち続けさせてくれる存在なのでしょうか。


追伸;ギャビーは2010年10月に永眠しました。13歳でした。合掌

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